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あなたの「心の居場所」として・・・広島県尾道市・浄土真宗本願寺派・法光寺(法光寺心理相談室)

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自分らしく行動すること-ある小説家からの学び

自分らしく行動すること-ある小説家からの学び

自分らしく行動すること-ある小説家からの学び

 ある読書好きの人から、石田衣良さんの短編小説集を紹介されました。その中の一編に、自分の身代わりになって通り魔に殺害された友人の死を受け入れることのできない主人公が、さまざまな経験を通して、その友人の死を受け入れ、自分も前向きに生きて行くようになるまでの過程を詳細に描く「約束」(角川文庫)という短編がありました。作者の石田さんはあとがきで、「ぼくはテレビニュースを見て泣くことはめったにありません。でも池田小学校の事件だけは例外でした。悲しくて腹が立ってたまらず、気づいたら鼻をすすっていました」と語り、そして、この事件を知り、生き残った子どもたちにエールを送り、亡くなった子どもたちのことを思って、自分に何かできないかと真剣に考えた上で、「自己満足な鎮魂歌にすぎないかもしれないけれど、理不尽な犯罪の被害者が、苦しみから立ちあがり、人生に帰ってくる。その過程をていねいにしっかり書こう。そうすれば、あの悲惨なだけの事件から、なにごとかを救いだすことができるかもしれない。」と語っています。私たちは、それぞれの人生を懸命に生きています。それとともに社会の一員としても生きています。しかし、ともすれば余裕のない中、自分の都合ばかりを考え、社会の一員として他の人のことを考え支えあって生きていこうとする思いを失いがちです。本当は支えあっているはずなのに、そのことに気づかず、具体的にどう行動すれば支えることになるのかがわからないというのが実際なのかもしれません。「かけがえのないものをなくしても、人はいつか自分の人生に帰るときがある。さまざまな喪失によって止まってしまった時間が、再び流れだすとき」、そのことを描くことで、「ひとつでもあなたの凍りついた傷口に届くものがあれば、作者としては満足です。」という石田さんの思いは、小説家としての自分がその立場で、どうすれば社会の課題に向きあい、貢献できるかを真摯に考えられた末の取り組みだったのでしょう。私たちはみんなで力をあわせ、統一した取り組みを進めることも必要ですが、それぞれ自分の立場で何ができるかを真摯に考え、自分なりに工夫して、自分らしく行動することも大切だということを学びました。私は僧侶として、何ができるかを改めて真摯に考え、行動したいと思います。

2014-03-23 18:47:14

2009年10月10日号